蟹江3人殺傷 署員、室内で男目撃 被害者と勘違い 無線中に逃走

2009年5月9日 読売新聞 中部発

母親と息子2人が殺傷された山田さん宅。男がいた玄関は右奥(8日、愛知県蟹江町で)=谷之口昭撮影





 愛知県蟹江町で母親と息子2人が殺傷された事件で、蟹江署員が、三男で会社員の山田勲さん(25)を保護した際、犯人とみられる若い男が室内にいるのを目撃していたことが8日、わかった。男は、署員が無線連絡しているすきに逃走した。また、犯人は勲さんを襲い、手首を縛った後も、「やることがある」などと言って居座っていたことが判明。逃げた男が犯人とすれば、現場に10時間以上とどまっていたことになる。県警特捜本部は、逃げた男が事件に関与した疑いが強いとみて、強盗殺人容疑で行方を追っている。





 捜査関係者によると、署員が2日午後0時半頃、殺害された次男でケーキ店店員の雅樹さん(26)の上司と一緒に、山田さん宅を訪れた際、首などを刺された勲さんが手首を縛られた状態で、自ら玄関を開けて出てきた。勲さんは「助けてください。中で2人死んでいます。犯人は逃げました」と訴えた。

 署員が玄関をのぞくと、若い男が斜め後ろを向いて、上がりかまちの上にぼう然と座っていた。署員は被害者と勘違いし、「大丈夫ですか」と声をかけたが、男は無言のままだったという。署員は勲さんを近くの路上に連れ出して保護したうえで無線で応援を呼び、2分ほどで戻ったが、男はそのすきにいなくなった。

 署員が駆け付けた時、山田さん宅の出入り口の鍵はすべて施錠されていたが、男がいなくなった後、勝手口の鍵が開いており、男はここから逃走したとみられている。

 また、県警は現場の半径8キロ圏内で緊急配備をして男を追ったが、この際、「確実な情報ではない」(特捜本部)として、「若い男」「黒っぽい服装」などの特徴を、警察無線で捜査員に伝えていなかった。

 勲さんは2日午前2時半頃に帰宅。玄関で靴ひもをほどこうとしていたところを、背後から刺されて意識を失った。再び意識を取り戻した時、犯人に「もう帰ってくれ」と言ったが、犯人の男は「まだやることがある」などと言って居座った。夜が明けた後には、山田さん宅を訪れた数人が玄関のチャイムを鳴らすなどしていたが、「出ていいか」と尋ねる勲さんに、犯人は「駄目だ」と言って黙らせたり、頭から布団をかぶせたりしたという。

 8日までの検証で、室内の衣類や床などから、母親喜保子さん(57)ら一家3人以外のDNAは検出されなかった。このほか、現場に残された一家3人の財布から紙幣が抜き取られていたことや、喜保子さんの遺体の血をふき取った跡のあることもわかった。

 逃げた男の情報を発表しなかったことについて、県警の立岩智博・捜査1課長は、「大事な目撃情報だったので公表を控えた」と説明。「結果的に犯人かもしれない不審者に逃走されたが、初動捜査にミスはないと判断している」とコメントした。
不審者情報、県警公表せず
住民 危険にさらす判断

 犯人の可能性がある不審な男を取り逃したうえ、その情報を公表しなかった愛知県警の判断は、県民の生命・財産の軽視につながり、広く情報を集めるという〈捜査の基本〉に反する重大な初動ミスと言わざるを得ない。

 事件発生から9日で1週間。県警がどのような釈明をしても、凶悪事件に関与した疑いのある男が逃走しているのは事実で、正確な情報を出さず、周辺住民らを危険にさらしたという批判は避けられない。県警が、男の詳しい特徴などを公表していれば、重要な情報が寄せられる可能性もあったはずだ。

 また、三男が「中で2人死んでいます」と訴えたのに、母親の遺体発見が丸一日遅れたことにも疑問が残る。県警は、遺留品の収集などを優先したとしているが、県警幹部の1人は「遺族感情からみても安否確認は最優先。翌日回しにすべきではなかった」と指摘する。

 県内では、2007年に起きた力士暴行死事件や、長久手町の籠城・発砲事件でも、初動捜査のミスが問題になったが、その教訓が生かされているとは思えない。

 県民に広く協力を呼びかけなかった判断の背景に、プロとして「捜査は我々に任せておけばいい」といったおごりはなかったか。県警はもう一度、誰のための捜査かを再考する必要がある。

(奥村圭)
身柄確保せず 失態

 警察の捜査に詳しいジャーナリストの大谷昭宏さんの話 「現場に駆けつけた警察官が男の身柄を確保しなかったのは、明らかな失態。男の逃走を隠蔽したことも、住民の安全面からみて本末転倒だ。妙な情報コントロールをせずに、捜査の常道を守ってほしい」
すぐに公表すべきだ

 板倉宏・日本大名誉教授(刑事法)の話 「殺人事件にかかわっている可能性のある人物が近隣にいるというのは、住民にとって危険な事態だ。捜査に影響があることを考慮しても、住民の安全を最優先に、不審人物が逃走していることを、すぐに公表するべきだった」

周辺住民 強い不信と怒り

 山田さん方で目撃された若い男の存在や、逃走の事実を公表していなかった愛知県警に対し、現場周辺の住民からは「地域の安全を考えているのか」「失態を隠すためだったのではないか」などと、強い不信や怒りの声が相次いだ。

 「小学生の孫がいるので、本当に心配だ。情報はきちんと教えてほしかった」。近くの無職男性(70)は不安そうな表情を見せた。現場から東へ約200メートルの場所には蟹江小学校があり、事件が発覚した2日午後も、周辺で子供たちが遊んでいたという。近所の50歳代の無職女性は「まだ逃げているのかと思うと怖い。警察は住民の安全を考えてくれているのか疑問になる」と戸惑った様子だった。

 特捜本部は、聞き込み捜査の中で事件の発生を知らせることが、住民への「注意喚起」としていた。捜査幹部の1人は「住民を混乱させたくなかったという理由もある」と説明するが、女性会社員(32)は「初動捜査の失態を隠すためだったとしか思えない」と怒りをあらわにしていた。


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